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世界には、味だけではなく、その背景まで一緒に飲みたくなる酒があります。
私にとって、その代表がポーランドの**ズブロッカ(Żubrówka Bison Grass)と、ノルウェーのリニエ・アクアヴィット(LINIE Aquavit)**です。
どちらも、日本ではウイスキーやジンほど馴染みのある酒ではありません。
けれど、お酒の香りや造られ方に少しでもこだわりのある人なら、一度は試してみる価値があると思います。
たくさん飲むためではありません。
小さなグラスに少しだけ注いで、香りを感じ、その酒が生まれた土地を想像する。
そんな楽しみ方が似合う二本です。

ズブロッカとの出会いは、若い頃の銀座
私がズブロッカを知ったのは、外務省に入り、先輩に連れられて銀座で酒を飲むようになった頃でした。
ウォッカと聞けば、透明でクセがなく、強い酒。
そんなイメージを持っていました。
ところが、ズブロッカは違いました。
ボトルの中には、細長い草が一本入っています。
これは「バイソングラス」と呼ばれる草です。
ズブロッカの故郷であるポーランド北東部、ヨーロッパバイソンでも知られるビャウォヴィエジャの森と深く結びついています。
現在のズブロッカにも、手摘みされたバイソングラスが一本ずつボトルに入れられています。
公式では、バイソングラス、カモミール、青リンゴ、ラベンダー、バニラ、アーモンドなどの香りが挙げられています。
けれど、私の記憶に残っているのはもっと身近な香りでした。
草餅のヨモギ。
もちろん、ヨモギが入っているわけではありません。
それでもグラスを鼻に近づけたとき、普通のウォッカとは違う、どこか青々として懐かしい草の香りを感じたのです。
その一本の草を眺めていると、ただ酒を飲んでいるだけなのに、頭の中には見たこともないポーランドの森や、バイソンの棲む草原が広がっていきました。

赤道を越えて帰ってくる、リニエ・アクアヴィット
もう一本は、ノルウェーのリニエ・アクアヴィットです。
私が最初にノルウェーへ駐在した頃、ノルウェー語の専門官から教えてもらいました。
そのとき聞いた、ちょっとした蘊蓄があります。
「LINIEというのは“ライン”、ここでは赤道のことなんですよ」
なるほど、だからリニエなのか。
名前の意味を知っただけで、この酒が少し特別なものに思えました。
アクアヴィット自体が、キャラウェイなどの香辛料を使った独特の香りを持つ北欧の蒸留酒です。
ところが、リニエにはさらに面白い物語があります。
樽に詰められた酒が、船に積まれて本当にその「ライン」、赤道を越えるのです。
始まりは1805年。
ノルウェーから東インドへ運ばれた酒が売れず、そのまま長い航海を経てノルウェーへ戻ってきたところ、酒の味わいが変化していたことが海上熟成のきっかけになったとされています。
現在のリニエも、シェリーに使われたオーク樽で熟成され、そのうち約4か月を船上で過ごします。
そして赤道を一度ではなく、2回越えてノルウェーへ戻ってきます。
船の揺れ。
海の上で変化する気温。
樽の中で酒が動き続ける長い航海。
そんな時間を経て、キャラウェイやスターアニスの香りに、樽からくるバニラやシェリーを思わせる風味が重なっていきます。
現在のLINIE Originalは、船上での約4か月を含め、合計16か月樽熟成されています。
酒を造るために、わざわざ赤道を越える。
なんとも壮大です。

私は冷凍庫で、とろりとするまで冷やして
若い頃の私は、この二本を冷凍庫に入れていました。
よく冷えて、とろりとした酒を小さなショットグラスに少し。
ズブロッカなら、ボトルの中の一本の草を眺めながら、バイソンの棲む草原を想像する。
リニエなら、この酒を載せた船がどんな海を越えてきたのだろうと考える。
ちなみに現在、LINIE公式が勧めている飲用温度は室温です。
ですから、冷凍庫で冷やすのが「正しい飲み方」というわけではありません。
これはあくまで、若かった私の好きな飲み方でした。
けれど私にとって、この二本の魅力はアルコールの強さではありませんでした。
小さなグラスを手にするだけで、銀座からポーランドの森へ。
ノルウェーから、赤道を越える大海原へ。
想像の中を旅することができたのです。
酔って気持ちよくなるというより、
心が気持ちよくなる酒。
私にとっては、そんな二本でした。

たくさん飲まなくても楽しめる酒を探している人へ
今は歳をとり、若い頃のようには飲めなくなりました。
でも、それでこの二本への興味がなくなったわけではありません。
むしろ今なら、小さなグラス一杯を以前よりゆっくり楽しめる気がします。
ズブロッカの、ボトルの中に伸びる一本の草。
リニエの、一本のボトルが経験してきた大航海。
スーパーでいつも見かける酒ではないからこそ、手に入れたときの楽しさもあります。
ウイスキーやジンとは少し違うものを飲んでみたい。
ただ強いだけではなく、香りに個性のある酒を探している。
そして何より、
グラスの中に、ちょっとした物語が欲しい。
そんな人には、一度試してみてほしい二本です。
私もカンボジアの街で見つけるのは難しいかもしれません。
それでも、どこかの酒屋の棚で、あの草の入ったボトルや「LINIE」の文字を見つけたら、おそらく足を止めます。
そして一本持ち帰り、小さなグラスを用意するでしょう。
酒は、たくさん飲まなくてもいい。
ほんの少しで、遠い森や海まで連れていってくれる酒もあるのです。
気になったら、ボトルを眺めてみてください
ズブロッカもリニエ・アクアヴィットも、普段よく見るお酒とは少し違います。
まずはボトルを眺めて、どんな酒なのか確かめてみる。
そこから始めてもいいと思います。





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